老婆心の権化(ごんげ)

ある日何の変哲もない女がゆらゆら歩いて
疾風怒濤の只中の若僧をチラと見つめる

女が声をかけてみれば
彼は悩ましげな顔を見せる
利害の一致を見た女
そろそろと語り出すことには

「坊っちゃん
あたしは教養も何も持っちゃいないけど
聞いとくれよ
坊っちゃん
初めに言っておくが生きてくことは勝負事だよ」

せっせっせのよいよいよい
負けの戦と思えばそれで負けさ
ヒラヒラ、ヒラヒラ落ちてくる
自分の運命ぐらい手の内へ

せっせっせのよいよいよい
なんて親切な合図出しちゃくれないよ
折り合いをつけたものなんて
どんなにか早く灰になってしまうでしょう

赤い面皰(にきび)をたたえながら
まだ曇りの消えぬ若僧
その横顔をかの女は懐かしい目をして見つめる

「坊っちゃん
君が歩く今は歳を重ねた誰もが羨む時代さ
坊っちゃん
あたしにちょうだいよ
持て余して捨てるぐらいなら」

せっせっせのよいよいよい
口火を切れるかどうかは自分次第さ
誰かに何か言われようが
一番の敵は己の中に

若さの盾をなくしても
青く赤くギラつく炎を消すなよ
そう言うと風が吹き荒れて
女の姿はどこにも見えなくなっていた

聞くところによればこの町では
ある年齢に達すると
老婆心の権化に出会うらしいという
専らの噂であった

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